日航機墜落事故から40年

今年もまたこの季節がやってきた。
先日、TBSの「ニュースキャスター」で、日航機墜落事故で亡くなられた坂本九さんの奥様、柏木由紀子さんのインタビューを見た。
坂本九さんの最後の曲「心の瞳」がラジオで一度だけ公開された曲だったにもかかわらず、多くの学校で合唱曲として取り上げられ、それに勇気づけられた柏木さんと二人の娘さんらがコンサートを開き、それまで話題にすることのなかった坂本九さんの話ができるようになった、というものだった。
また、「亡くなられた方たち520人全員にそれぞれの悲しいストーリーがある」という三谷幸喜さんのコメントを聞いて胸が張り裂けそうになった。
1985年当時、学生だったわたしは事故の当日、岡山に住んでいた両親の元に帰省していた。
家族や父の同僚や部下の人たちとで夕飯を食べながらテレビを見ていると「大阪に向かっていた日航機が消息不明になりました」ということで臨時ニュースになり「既にレーダーからも消えており、どうやら墜落した模様」と言われ、なんとも言えない心配な気持ちでテレビを見ていた。
そんななか衝撃的だったのは臨時ニュースとして流れてきた「救助に向かっていた自衛隊員2名が射殺された模様です」というものだった。
わたしはその場にいた皆と「ピストルの暴発かのう?」だの「上司の命令を聞かなかったんじゃなかろうか?」だの「命令無視したからってまさか射殺するわけないじゃろう?」だの「サルかイノシシと間違えて人を撃ったのとちがうんかのう?」だのと話し合っていたのだが、同じテレビ局が「さっきのは誤報でした」と取り消したので「何と何を間違えたらこういう誤報になるんじゃあ?」と、逆に不思議がったものだ。
だがそんな話も「群馬と長野の県境で煙が上がっているのを地元の人が見た」、「米軍の哨戒機が、航空機らしきものが山の中で燃えているのを確認した」という情報に変わり、やがて、搭乗していた人たちの氏名が公表され始めたので、これから救助活動が始まるに違いない、と考え風呂に入って寝た。哨戒機が燃えているのを確認した=位置を特定した、と考えたからだ。
以下は「ニュースセンター9時」の映像。この映像には「米軍の哨戒機が航空機らしきものが燃えているのを見た」という報道は残されてはいない。
そして翌朝起きてびっくりしたのが「いま、救助隊が現場に到着しました」というものだった。「え?、昨夜のうちには米軍が墜落位置を確認したんではなかったのか?」と思っていたからだ。
そんな疑問も「生存者発見」の報道ですべて吹き飛んでしまった。最初に発見された女子中学生がヘリに釣り上げられていくのが画面に映った。
その後は御巣鷹山の墜落現場と藤岡体育館の遺体の確認と悲しみに打ちひしがれる家族たちの報道に変わり、数か月が過ぎた。
長い長い検証の末に事故の原因も分かった。
墜落の原因は「ボーイング社の修理ミスによる圧力隔壁の損傷」である。
そして40年の年月が流れた。
現在は「圧力隔壁の損傷」のほかに「自衛隊による撃墜説」といったいわゆる陰謀論的なものもある。
陰謀論(と言われるもの)それぞれの説明を読むと、それぞれ「なるほど、そうだったか」と納得させられる出来だ。「米軍のヘリが墜落現場上空まで来ていたのに『帰ってこい』と言われたのでやむなく帰った(そのヘリに乗っていた米兵の証言付き)」というのもこれに含まれる。ただ、陰謀論(と言われるもの)は状況証拠的なものが多く、また個人的な証言のみが残っているのと、実証実験もない(というか、できない)。
陰謀論(と言われるもの)が出た当初は、わたしも「もしこれが真相だったらえらいことだ」と思ったものだが、今現在はどちらかといえば科学的な分析と実証実験の結果などから「圧力隔壁破損説」に分があるのではないかと考えている。
もちろん、わたしにでも手に入るような記事を見て、そして得た結論ではある。故に、わたしはわたしの考えを強弁する気もない。
また、事故発生直後から起きていた数々のドタバタ(誤報やら墜落現場の特定間違いなど)もそれぞれ人間のやることなのですべての人が完全に的確な判断を行い、全員がそれぞれの作業を完璧にこなしていく、なんてことは不可能だ、とも考えている。
この事故を思い出すにつけ、両親や弟たちと過ごしたあの夕飯のシーンが目に浮かぶ。
そしてあの夜ニュースを一緒に見ていたわたしの両親も、もうこの世にはいない。
40年の月日を感じさせられる今年の8月12日である。
以下、「日本航空123便墜落事故の真実。ボイスレコーダーと関係者証言から判明した最後の瞬間【ゆっくり解説】」より。若い人でこの事故を知らない人が増えてきた。以下のyoutube動画はなかなかよくまとまっている。
繰り返すが、わたしは陰謀論(と呼ばれているもの)を吹聴しようとしているんではない。なかなかよくできている説だとは思うが、科学的な推論と実証を積み重ねた「圧力隔壁破損説」のほうが確からしい、と考えるひとりの素人である。
余談だが、わたしの友人は群馬県に多い。その関係で聞いた話だが、事故当時、藤岡体育館で検視を担当しておられたお医者さんが家に帰られるたびに彼の奥さんがご主人が毎日後ろに何人かの人を連れて帰ってきているのに気付いていたという。
奥さんは霊感の強い人ではなかったらしいのだが、背後の人たちは皆ケガをして血みどろだったので瞬時に事故の犠牲者であることを悟ったという。同時にその人たちは身元の特定に尽力していたご主人に感謝の気持ちを抱いていたのも感じることができたので、それらの人たちを見ることがなくなってからご主人にそのことを話したのだという。
ご主人は「ああ、もちろん知っていた。だが、君には見えないものだと思っていたよ」と話されたという。
また、事故現場で野宿をしながら遺体の捜索を行っていた群馬県警の機動隊に所属していた人からは「毎日遺体を捜索して疲れ果てて野宿をするんだけど、夢の中に出てきた人が『あなたが寝ている下を掘ってください』というので目覚めてすぐに寝ていた場所を掘ると遺体が出てきた。それに似たようなことが毎日起きるものだから、皆で泣きながら遺体を探していたよ」といった話も聞いた(これは又聞きである。わたしの友人が聞いた話)。
あの事故に関わった人たちは皆一生懸命だったのだと思う。
もうああいった事故は起きてほしくないが、事故というものはどうしても起きるものだ。
2024年初に起きた羽田空港での日航機と海上保安庁の飛行機との衝突事故で、両機とも炎上したにもかかわらず日航機の方に死傷者は出なかったのを見て、「日航機墜落事故の教訓はこういったところでいかされているのに違いない」と思った(海保の搭乗員で亡くなられた方はお気の毒だったが)。

